<旋律>
ねぇ、覚えてる?
この場所で初めて景吾に出逢ったんだよ。
4月の桜舞い散る季節に初めて…。
景吾は音楽室でピアノを弾いてて、あたしは何処からか聞こえて来るピアノに耳を澄ましてた。
心地良い旋律は春風に乗って桜の花弁わ散らせた。
短い命を終わらせた。
「もう3年も終わるね」
あっと言う間に過ぎ去る中学校生活。
3年と言う時間は思ったよりも長くて短かった。
「そうだな」
部活も引退して学校も殆ど授業はない。
時がゆっくりと流れる様に感じるのは今までの世話しない時間と比較させる。
忙しさに気付かなかった事を今になって気付かせる。
「景吾は、入学式の日に何を弾いてたの?」
「何時の入学式だ」
入学式と言わなくても景吾は伴奏者で色々な曲を弾いていた。
もう覚えてないのかもしれない。
入学式の日に弾いてた曲とはゆったりと流れる綺麗な曲。
でも式には流れなかった。
「去年の入学式の日に音楽室で」
あれば入学式に使う曲ではない。
入学式には流れる事はなかったのだ。
と言う事は伴奏者が練習で弾いてた曲だろう。
優しい音色と暖かい春の日差し。
「あぁ…あれか」
あたしが跡部景吾を知ったのは自分達の入学式。
けど景吾と話たのは2年の春。
景吾は熱心にピアノを弾いてた。
ピアノが上手いとか下手とかあたしには解らないけど、綺麗な曲だった。
「これだろ?」
引き初める曲は変わらずに美しい旋律。
低音の中に透き通る様なメロディー。
「この曲…何て言うの?」
ピアノの鍵盤に向かい音を生み出す景吾は真剣な顔だ。
「…ジムノペティ第1楽章」
未だ寒く窓の開けられない天気は初めて聞いた日とは真逆だった。
あの日は暖かくて外に出たくなる様な良い天気だった。
けど、今日は寒くて空は分厚い雲で覆われてる。
それでも変わらないのは景吾と景吾の生み出す音。
言いようのない虚しさと悲しみが押し寄せる。
「何…泣いてんだよ」
少し焦った様な声がした。
「この儘進んで行ったら、何時か景吾の隣にはいられなくなるのね」
時間だけは無情にも過ぎて行く。
「いっそ、止まれば良い」
流れる時も記憶もずっと今の儘であれば良い。
何時までも変わらずに此処にあれば良い。
「何馬鹿言ってんだよ」
呆れた声をあげる景吾はピアノの鍵盤からあたしの方へと向き直った。
「馬鹿な事だけどホントの事」
「…祝えねぇだろ」
「何を?」
誰かを好きになるって言うのは、どうしてこんなにも苦しくて愛おしくて悲しくなるんだろう。
別々な個体だから先ず同じ感情や思考を分かち合う事はない。
「毎年来る日が祝えねぇだろうが」
「何の日よ」
まさか景吾がそんな事を考えている筈がない。
景吾の言っている日が解らない。
「……本気か?」
不服そうに顔を歪める。
「沢山あるじゃない…祝日なんて」
「祝日じゃねぇ…」
「記念日だよ…今日だろ」
今日は1月31日……。
そっか、覚えてたんだ。
「やっとか」
溜息混じりに気付くのが遅かったと指摘される。
「付き合い初めた日だね」
2年になってクラス替えで初めて景吾との接点を見出した。
そして景吾のピアノを好きになった。
2年の冬に、景吾が弾いてた曲がさっきの曲だった。
「景吾が覚えてるとは思わなかったから」
2年に進級してからあたしはずっと景吾が好きだった。
でも接点なんてクラスが同じだけ。
だから何もなく、景吾の隣にいる所か視界にも映ってなかっただろう。
冬になって春とは違う景色の中にピアノの音が聞こえて来た。
外に出ていたあたしは音楽室に足を運び中を覗いた。
その時、あたしの瞳に映った景吾が酷く美しくて…。
「あたしから告白したんだよね」
懐かしい記憶…遠い過去の様な、極最近な記憶。
「そうだったな」
「でも、景吾がOKするとは思わなかったよ」
勢いでした告白だった。
ムードとかお構いなしで、あの時に言わなきゃ絶対言えなくなるって。
「変わった女だったからな」
きっとあんな風にしなきゃ相手にもされないんだね…。
『跡部景吾君だよね!』
『だったらなんだ』
『もう弾かないの?ピアノ』
『今終わったからな』
『もう1回弾いて』
『断る』
『待って待って、跡部君のピアノ好きなの!跡部君も好きなの!!』
『…オマケみてぇに言うな』
「アハハ…変な告白だよね、ホント」
告白の為の科白だとか何にも考えてなかったんだよ。
唯、声を掛けるチャンスがあって、勇気出して言えただけ。
「何時まで浸ってんだよ」
景吾は変わらずモテる。
「恋に恋して…とか片思いの時は楽しかったなって」
「今が不満だって言うのか、アーン?」
不満なんてない。
あるのは嫉妬と不安。
「何時か景吾がいなくなるをだなぁって」
それは酷く辛い事だけど。
もしそう言われたら仕方がない。
人の気持ちは解んないし操れない。
変えられない。
「…それが嫌なら、俺を飽きさせんなよ」
そんな事言われたら。
諦め切れないでしょう…。
「頑張るわ」
「期待してるぜ…」
逃がす事なんて出来なくなった。
何だかんだ言って優しいから。
ちゃんと覚えてるのに言わないズルい人だから。
「帰るぞ」
手を伸ばせば掴んでくれる。
この手がどうか離れない様に願いながら。
乞いながら。
1/31に迎えたSONRISEの2周年記念小説。
リクエストの結果で跡部景吾が1番だったので書かせて頂きました。
何だかちょっぴしシリアスチックですが、こんな感じに糖分控えめなのも。
如何でしょう??
FD小説とさせて頂きますのでお持ち帰りの方は御一報下さい。
来年も1/31を祝えますよう…。
2006/2/19