<It is dear ...>
「侑士ー!」
今更やろか…。
彼女は本気やったんよ。
今迄とは違て本気やったんや。
「侑士、今日は帰り何時頃?」
ずっとずっと傍に居るって。
永遠なんて信じとらんけど、そう思ったんよ。
「忍足君、好きです」
不意打ちやった。
恥ずかしいとか思わんのか?って思う位大胆で肝が座ってて、驚いたわ。
教室移動の時間やで?
しかも他クラスやし。
声はでかいわ、階段やったから響くわ…。
「あ、返事は今度で良いから」
言うだけ言うて自分はさっさといなくなってて。
あの後散々跡部や岳人達にからかわれたんやで。
「侑士ってばモテモテじゃん」
「確かつったよなあいつ」
俺はお前の名前も知らんかったんやで…宍戸に教えて貰たんやから。
「どうすんだよ」
「どうって何でお前等に言うん?」
返事はどうするかとかめっちゃ聞かれてん。
顔も知らん、名前も知らん奴と付き合う何て…。
「忍足君」
屋上にサボりに来たらお前が居ってな。
「…何や先客かいな」
戻ろうと思たら俺の上着掴みよって引き留めた。
「………」
立ち止まった俺を追い越してお前は出て行ってしまった。
残されたんは俺。
寒空の下に残された2年の冬。
「あれ?忍足君」
良く会う様になったんわそれから。
屋上でサボりを繰り返す様になったんわ。
「サボり?」
沢山の会話をする訳やない。
少し話しては自分の事をしたり昼寝したり。
そんな状態が続いた。
「忍足、今日何かあった?」
やけに俺の感情の変化に敏感だった。
気になる事は聞かないとすまない性分なんか…。
不思議に嫌やなかった。
「んーちょお部活でな」
それだけ言えば満足そうにそれ以上の事は聞いたりせん。
「部活って何部?」
「…………知らんの?」
こくんと頷き肯定した。
てっきり部活で俺を知って好きだとか言ってるんやと思てた。
「テニス部」
「あ〜似合いそう」
テニスと答えたのが嬉しかったんか笑顔を見せた。
「なぁ、何で告ったん?」
未だ付き合ってる訳やない。
返事をした訳やない。
何も返してない。
「好きになったから」
照れくさそうに笑た。
テニス部で正レギュラーだった事も知らない。
「付き合うて…俺と」
だから好きになったんかも知れない。
周りを気にせんで好きだと胸を張れる彼女を。
誇り高い彼女を好きになったんかも知れない。
「ありがとう」
ずっと待たせてたにも関わらず彼女は笑て言った。
何に向けられた事か解らんかった。
「またサボりか?」
俺が屋上に行くと必ず居った。
何でか知らんが俺が行かん時は授業に出とるらしい。
俺が屋上に行く事を知っててん。
「忍足こそじゃん」
また行くとそこには必ず居た。
中3の春…桜舞う空の下。
最後の中学時代を一緒に過ごそ思てん。
「勉強大丈夫なんか?」
同じクラスやないし、テストの結果の張り出しを見る俺やない。
勉強は平気かって聞かんと解らん。
「じゃあ次のテストで勝負しよ」
自信アリって事かいな。
悪戯に笑う。
「あたしが勝ったら侑士って呼ぶね」
嬉しそうで照れくさそうに髪を掻き挙げた。
これは癖みたいで本人は気付いとらんのや。
「なら俺はって呼ぶは」
俺がそう返すって知ってて言うて来たんは知っとる。
敢えてそれに乗ろ思たんよ。
「約束ね」
それからテスト迄の期間はそう長くない。
2人共屋上へは行かんで授業に出とった。
殆ど接点がなくなってしもた。
…寂しいと感じる様になったんはお前の所為やで。
「忍足帰ろ」
テスト前は部活活動停止中やから俺は学校が終わると直ぐに帰る。
今迄の女がうっとおしくて一緒に帰るなんて考えてもなかった。
「………」
驚いて見てると笑て言った。
「寂しかった?」
そんなん言われて素直に言える訳ないやろ。
「まさか」
「あたしは寂しかったよ」
何でこんなにも言って欲しい言葉を言うてくれるんやろか。
「一緒に帰って良い?」
控え目に言われるんも聞かれるんも久し振りやわ。
「行こか」
鞄を持たない方の手で手を繋いだ。
繋いだ手は温かくて、何もかもが久し振りやった。
俺から手を繋いだんは初めてやな…。
小さな手は俺の手に絡まる様に握り返された。
それが妙に嬉かった。
「侑士、本当に付き合ってんの?」
それを見てたのか次の日に聞かれた。
「せやで」
肯定すると岳人は黙り込んでしもた。
「なんやの?」
俺の質問には答えずに行ってしもた。
「あんた忍足君のなんなの?!」
「別に唯の友達?」
解らんのはこいつや…。
彼女って言えばええんに言わんのやから。
「ならあんまり忍足君とベタベタしないでよ」
「ベタベタしてないし」
負けん気の強い奴やわ。
女子の集団に囲まれて自分だけでも立ち向かうんやな。
「!帰るで」
今来た振りして声を掛けると囲んどった女子はそそくさ逃げってったわ。
セコい性格やね、ホンマ。
「名前…未だ試合すら始まってないのに」
初めて見たわ…驚いた顔。
何時も俺が驚かされてたし。
「ええやん…なぁ」
頬を赤らめて笑た顔はホンマに綺麗やった。
「あたしは侑士って呼んで良いの?」
「ええよ」
俺だけに向けられた笑顔が忘れられへん。
ホンマに狂わされるわなぁ…。
初めてやわ…此処まで狂わされるんわ。
「侑士」
「何?」
「侑士」
「なん?」
「ゆ〜う〜し」
「何や」
「侑士」
こんなにも人に名前を呼ばれるのはこれが最初で最後かも知れん。
初めて本気になった恋がこんなにも複雑だとは思わんかった。
「侑士、一緒に帰ろ」
「ええよ」
部活後に一緒に帰る約束をした。
ずっと一緒にいたいから、少しでも長くいたいから部活が終わるのを待つ時間は楽しい。
「もう11月やから寒ない格好しとき」
こうやって掛けられる何気ない優しさが物凄く嬉しい。
「解った」
この温かい気持ちを失いたくない。
だから、もう少しだけあたしの我が儘を聞いて下さい。
せめて卒業迄は…。
「侑士は卒業したら実家に戻るの?」
「戻らんよ、高校も氷帝行くで」
「ホント?やった」
何時だったかそんな会話をした。
高校をエスカレーターで行くなら部活に引退はない。
大会には出れないけど、部活動は自由に出来る。
テニスが好きな人だから彼はテニスを続けた。
大会を見たのは片手で足りる程度しかないけれど、彼はとても強かった。
「お疲れ様」
「待たせてすまんな」
着替えも気を使って早く済ませて来てくれる。
着替えくらいゆっくりで良いと過去に言った事があったけど、それでも急いで来てくれた。
「もう大分寒いね」
吐く息は白くないが、防寒具がないと寒いくらい冷え込んで来ている。
「手、繋ごか」
そう言うが早く右手を掴んで握っていた。
暖かくて温かくて心地良かった。
今幸せだと胸を貼れるくらいに。
「侑士、ありがと」
「何がや?」
気付くべきだった。
あの時の言葉のホントの意味に。
何で俺は気付かんかったんやろか。
部屋を片付けとるとダンボールの中から中学時代の物が出て来た。
色んなもんが入っとってつい片付けるてを休めてしまう。
ダンボールの一番上には卒業アルバム。
「懐かしいわ…」
自分のクラスのページを見ると懐かしい顔触れ。
もう忘れとる奴もおった。
卒業式はあんま良い思い出なんてあらへんかった。
「明日は卒業だね」
長い様で短かった3年間の義務教育。
とは言うた物の、殆どが高等部へ持ち上がる。
やから特に感傷的になる必要はあらへん。
「あのね侑士…」
普段と違て歯切れ悪う話した。
「なん?」
俺は気付かん。
「別れて」
卒業式前日、大好きだった彼女に振られた。
理由は解らん。
卒業式に彼女は来んかってん。
俺の卒業式はボロボロやった。
それから1度もアルバムを開けてないし、こうしてダンボールに仕舞込んどった。
彼女には1度も会わんかった。
「これなあに?」
何時の間に部屋に入っとったんか。
俺の後ろから手を伸ばし、何かの紙を手にしとる。
「何やこれ」
何処からか落ちて来た紙を奪い中を開けて見た。
「…これ」
『侑士へ
ごめんなさい
許されないと思ってます。
あなたを傷付けてしまいました…。
大好きです。
…言わなきゃいけない事があったんです。
けれど言えなかった。
あたしは癌です。
あなたと出逢う頃に保って半年だと言われました。
それでもあたしは一緒に卒業したかった…。
病気と闘って、何時死ぬか解らなくて辛くて。
その時にあたしは侑士に会った。
侑士は覚えてないと思うけど、あたしを助けてくれたの。
侑士があたしの生きる糧となった。
最後の思い出を残したかった。
だから…。
我が儘で傷付けてごめんなさい。
きっと侑士の事だから、この手紙に気付くのも大分先の事でしょう。
侑士のおかげであたしは卒業迄保つ事が出来た。
大好きな侑士と一緒にいられて嬉しかった。
楽しかった。
病気は怖かったけど、それより…侑士と離れてしまう事が何よりも怖かった。
もうあたしには時間がありません。
卒業式も出られないでしょう。
あたしは癌と闘います。
もう生き長らえる事は出来ないけれど。
侑士と出逢えた事
侑士と一緒にいられた事
大好きだと言えた事
…全て大切な宝物です。
これだけで良いから、あたしが死んだら持って行っても良いよね…。
侑士を好きになれた事があたしの誇りです。
ありがとう
』
「何泣いて…」
読み終える前に俺は部屋を飛び出して家を出た。
部屋にいた彼女さえ放って。
あれから何度も付き合うた。
けど…誰も本気になれんかった。
「ダメなんや」
走り出した。
向かう先はの家。
此処からそう遠くはない。
「ハアッハアッ…あの」
息を切らして中におる人に声を掛けた。
「忍足…侑士言います」
肩で息をしてそこ迄言うとおばさんは笑た。
どうぞと中へ促している。
その顔はとても優しくて、に似とった。
「どうぞ」
お茶とお菓子を持って綺麗な居間へと現れた。
「あの子、幸せそうだったわ…」
呟く様に言われて俺は驚いた。
「あなたに会えた事を喜んでたわ」
何も言えんかった…俺は何もしとらんし、出来んかった。
何より気付きもせんかった…。
「高校の入学式直前にね、………解ってたみたいよ」
入学式にはもう会えないと解って卒業式前に俺と別れたって事…。
「お通夜とお葬式も、身内で静かに済ませたわ」
俺が今迄知らんかったのはの遺言の所為。
「何時か必ずあなたが来るから」
はそう言って母親にも見せない手紙を俺に宛てた。
「…読んでもええですか」
手渡された封筒は、アルバムに挟んであった物と同じ種類やった。
黙って頷かれて、俺は封を開けた。
『侑士へ
前の手紙を読んだからこの手紙を見てるんだよね…。
ホントは怖い。
手術すれば治るって言われたのに治らなくて、もう命は残り僅かで…。
死ぬのが怖いんじゃなくて侑士のいない世界が怖い。
侑士がいないなんて…。
信じられない。
独りは嫌。
怖い。
侑士、侑士、侑士……。
死 に た く な い よ 。 』
俺は此処までしか読めんかった。
これ以上、読めんかった。
のこんな辛い思いを知らんかった。
「…はい」
未だ手紙は残るが、俺の心中を悟ってかおばさんはハンカチを渡した。
今迄、と別れて会わん様になっても流れんかった涙が頬を伝った。
目頭が熱くなって、唯涙が出た。
「幸せになって」
がよう言っとった科白らしい。
死んだら会えないから幸せになって死んで欲しいと…。
「あの子は幸せの中で死にました…あなたは今幸せですか?」
おばさんの問い掛けに答えられへん。
「幸せになって下さいね、を幸せにしてくれたあなたが幸せにならなきゃ」
おばさんも涙を溢れさせていた。
の家から出て行く宛てもなく歩いてると懐かしい道に出た。
とよう歩いた道で別れてから避けとった場所。
のお墓を教えて貰たから、そこへ向かおうと行き先を決めた。
唯に会いたい。
誰よりも会いたいんねん。
「…」
別れてから初めて口にする名前。
懐かしくて歯痒い。
お墓に着いた俺はの名前が彫られてる石を見て涙が出た。
これが現実であるっちゅう事を教えられる。
「、お前幸せか?」
答えなんて期待してへん。
唯口に出したいんねん。
今迄言えんかった事とか、聞きたかった事とか…。
返事はなくてもええんよ。
「ごめんな、気付かんくて…」
空に消えてくだけでええんよ。
「独りにしてスマン…だけやよ」
誰も聞いてんでええ。
「俺もお前が好きや…」
何年経っても忘れられんのや…どんだけ他の奴と付き合うても。
以上なんて何処にもおらん。
「愛してる…」
それは誰からも祝福されんやろうし、誰も望まんやろ。
せやけど、俺が選んで決めてん。
ずっととおる。
が好き。
愛してる。
自ら命を絶ったら起こられそうやからせんけど。
に又逢える日迄お前を思うよ。
『へ
やっぱりお前が好きや。
愛してる。
言葉で言えんくらいに愛してる。
お前が見れんかった物沢山見て、お前に逢いに行くわ。
せやから…待ってて』
『愛してる。
もし又逢えるなら、又あなたを愛して良いですか?
あなたの傍であなたと同じ物を見たい…。
侑士の隣で。
それまで、暫く逢えないけど…。
侑士と一緒にいたいから…。』
忍足の誕生日の2週間くらい前からちょこちょこと書いてた小説。
ホントは他の設定で終らせる予定だったけれど、此れを誕生日夢にしようかと急遽話を変更したらこんな事に…。
で、誕生日ネタには出来ないと踏みむ1本書いた始末。
この話はずっと(と言っても今年の夏辺りから)温めて来た話です。
最後は別の作品で似た様な感じに書上げたいと思ってます。
おっしー、この話は幸せなんだろうか…。
私が書いた短編の中で恐らく一番長いだろう作品です。
良く書上げたと思いますよ…飽きっぽい性格なのに。
感想頂けると嬉しいです。
2005/10/15