<乙女の日>










「ね!誰かチョコ持ってない?!」

放課後の部活中にバンと机を叩く。
ミーティングの時間だった為にレギュラーは全員揃っていた。
そこにマネージャーの緋桃は急に入って来て、直ぐにチョコを持ってないかと訊ねて来た。

「持ってへんよ」

一番近くにいた忍足に聞いても答えはノー。
その隣を陣取る岳人も同じ。

「鳳君は?!」

一つ年下の躾の良い後輩に訊ねても

「すみません、俺持ってなくて…」

「チョコが何なんだよ」

この調子では誰も持ってないだろう。
まあ、中学男子がチョコを持って女子にあげてるのも微妙だが…。

ちゃんw」

不意に後ろから呼ばれて振り返るとムースポッキーを持っている天使が見えた。

「はい、あ〜ん」

ニコニコと微笑む天使はムースポッキーを口元まで運び口を開ける様に促す。

「ジロー君…ちょっと恥ずかしいかな?」

周りにはレギュラー陣が6人。
チョコを探すマネージャーに驚いたのだから、全員が注目している。
当たり前と言ったら当たり前だ。

「要らないの?」

小首を傾げて問われれば首を横には振れない。
少し上目使いなのもあってか、は渋々口を開けた。

「えへへ〜美味しい?」

余りに可愛過ぎて吊られて笑ってしまった。
柔らかいムースポッキーはジローのお気に入り。
何時も持ち歩いて、眠りから覚めては食べている。

「……美味しい」

もぐもぐと口を動かして貰ったポッキーを食べる。
楽しそうにそれを見るジローは未だあるらしく部室のロッカーを漁りに行った。
貰った袋から次のポッキーを取り出しちまちまと食べる。

「はい」

そう言って持って来たのは大量のお菓子。
ポッキーは勿論ジローの好きなスナック菓子もある。

「ジロー、こんなに溜込んでたのか?」

部長である跡部は黙って見ていたのだが、流石にジローのこのお菓子には耐えきれずに口を挟んだ。

「えへ、あとべも食べる〜?」

差し出されたポッキーに眼を向けるが、跡部は受け取らない。

「誰が食べるか、んな庶民的な物」

実家が金持ちなだけあって跡部はポッキーやスナック菓子等食べた事がない。

「え〜美味しいのに」

食べないと言う跡部に対し不満を抱きながらもジローは他の部員にお菓子を配る。
甘い物を好まない宍戸にはスナック菓子等を渡す。

「あ、ちゃん板チョコあった」

再びロッカーを漁ったジローは袋に入っていた板チョコを見付出した。

「はいどうぞ」

渡された板チョコを素直に受け取っては嬉しそうに包みのアルミを剥がした。

「いただきま〜す」

板チョコを一口サイズに割って口に運ぶ。
幸せそうに笑って食べた。

「ったく、お前の所為でミーティングにならなかったじゃねえか」

お菓子を広げて食べ始める部員達に頭痛を覚えたのか額に手を当てて下を向いている。

「まぁ、良いじゃない」

席を立って奥の部屋へと行ってしまった。

「あとべも食べようよ」

強請る様に跡部のジャージを引っ張り皆がいる方へ連れて行く。
一つ溜息を吐いて跡部はジローに引っ張られて着いて行った。
跡部が座り食べ始めた頃にが戻り、自分のロッカーにあったお菓子を持ち出す。

「あ、飲み物もあるよ」

紙コップに入れられた飲み物を全員に渡し、も席に座る。

「そういやぁ何でチョコなんて探してたんだ?」

事の発端はがチョコを探していた事からだ。
何故がチョコを探していたのかは未だ解らない。

「んー…アレなのよ」

意味深な発言をしてはお菓子の袋を手に取り開ける。

「はぁ?」

解らないと言えば解らないだろうが忍足に限っては気付いたのか、検討が付いたのか曖昧な表情を向ける。

「なんだよ、アレって」

本気なのだろう。

「だから、アレだってば」

抽象的過ぎて解らないのだろう。
だがもそれ以上は言わない様だ。

「あぁ、アレ?」

ジローは気付いたらしく冷やさない様にねと言った。

「あ〜悪い」

訊ねて来た岳人も宍戸も鳳も理解したらしく、それ以上は言わなかった。

「別に気にしないし、誰だってそうだしね」

ジローが持っていたチョコ類をの前に置き、代わりにの前にあったスナック菓子を持って行く。

「…で何でチョコが食いたくなるんだ?」

……今の流れで理解されなかったのだろうか。
一人取り残された少年がいた。

「跡部、話聞いとった?」

の隣にいると言うのに跡部には伝わらなかったのだ。

「聞いてたに決まってんだろ」

未だ解らないらしい。
跡部はこう言うのに弱いのだろうか。

「…あんたね、ヤった事あんのに解んない訳?」

今まで言わないでいたの口から言葉が出る。
周りは唖然としてしまい、止める事等到底無理だった。

「ちょっ、ちゃん落ち着いて」

イライラし易いのだろう。
こんな些細な事でもキレそうになるのだ。

「これ被っとき」

急に掛けられたジャージに吃驚して振り返ると腕を引かれた。
何時の間にか後ろに回っていた忍足が腕を引いたのだ。
力の抜けた状態であった為に容易に体制を崩してしまう。

「わっ!何?」

崩れた体は忍足によって支えられる。
頭に掛けられたジャージを取り着る様に促す。

「ほれ、ちゃんとしなアカンよ」

ちょうど忍足の上にが乗る様な形で落ち着いた。

「え〜おしたりズルい」

そう文句を言うのは元々の隣にいたジロー。

「てぇい!」

ワザとらしい効果音を口で言い、の膝上に寝転んだ。

「おいジロー、それじゃ労ってないだろ」

宍戸が横からツッコミを入れるがジローは早くも夢に付こうとしている。

「ん…」

がジローに…可愛い物に弱いと知っていてなのか。
顔をに向けてダメ?等と言われれば拒否出来ないだろう。

「全く、はジローに甘いな」

お菓子を食べ傍観を決め込んでいる岳人は冷静だ。
…跡部がどんな顔をしてるのかも。
鳳も先程からハラハラしている様だった。
跡部がキレそうなのだ。
俺様な性格である跡部景吾は馬鹿にされる事を嫌がる。
それは人並み外れた尊大なプライドの為だ。

「おい!ちょっと…」

宍戸も口を挟み止めに…これ以上跡部を刺激しない様にと努めるが無駄だ。
ジャレ合っている3人には届かない。
元々には甘いレギュラー陣だが、特に甘いのは忍足とジローなのだ。
ジローの場合はも可愛がるからだが、忍足は違う。
忍足は甘やかすばかりでは忍足を甘やかす事はない。
何故?と言いたい所だが、跡部を除くレギュラー陣はその事実を知っている。

「ほら、薬飲み?」

「けど仕事出来なくなるじゃん」

薬を飲むと副作用で眠くなってしまうのだ。

「そんなん俺がカバーするで?」

ニッコリとこれ以上ない位の笑顔を向ける。
確かに薬を飲んだ方が楽になるのだ。

「痛いよかマシやろ?」

男である忍足には解らない事だが、何時も元気なが静かで顔色も良くないのだから。
かなりの苦痛である事は解る。

「眠くなるから良いよ、冷やさなきゃ平気だし」

忍足の申し出を緩やかに断る。
眠くなって寝てしまい仕事が出来なくなるよりはマシなのだ。
それに、冷やしさえしなければ痛みも酷くはない。
それこそ毎月我慢している痛みなのだから。

「…良いよ、今日は俺と寝よ」

自分に掛けられた毛布にを包み込む。
ふわりと起こる風にの髪が靡く。
忍足に寄り掛かりジローに抱き付かれ身動きが取れない。

「ジ、ジロー君??」

急な行動に理解出来ずにオロオロしていると、忍足までもが悪乗りか後ろから抱き締めて来る。

「な?忍足まで」

忍足の手はの腹の部分に回される。

「冷えてない?」

腹を温めるかの様に手を重ねられる。

「平気だから、離して」

照れなのかは必死で2人から離れ様とする。

「おい、離れろ!!」

何時もよりも低いトーンで跡部が立ち上がり睨み付ける。
それに吃驚している忍足、ジロー、の3人と、呆れた顔で見ている対称的な岳人、宍戸、鳳の3人。

「あ、跡部?」

呆けている忍足の手を払い退けジローを剥がし、を引っ張る。
その動作はほぼ同時に行われ気付いた頃、は跡部の所にいた。

「つッ!」

立っていたが腹を押さえしゃがみ込む。
急に立ち上がったのがいけなかったのか痛みが走る。

「ちょお大丈夫か???」

ヘラヘラと笑ってはいるが無理をしているのが見て取れる。

?」

無理に引っ張った跡部は驚いた顔をへ向ける。

「跡部何?」

跡部がこうしているのには何か理由があるのだと思い顔を上げるが、跡部は口を開かない。
一体何事かと顔を覗き込んで見ても変わらない。

「跡部?」

しゃがみ込んだ儘のを唯見るだけ。

「全員グラウンド走れ」

有無を言わさぬ何時もの声音を残し部室を出てしまう。

「又跡部の我が儘かよ」

そうは言いつつも着いて行く所に、跡部の信頼性が見られる。

「冷やしたらアカンよ?」

「チョコ食べて良いからね」

「無茶すんなよ」

「気を付けて下さいね」

「ホラよ」

宍戸が渡した物は貼るタイプのカイロだった。
これで温めておけと言いたいのだろう。
何気に気を使う宍戸に微笑みが零れる。

「ありがとう」



















次々と部室を後にするレギュラー陣を見送り、散らかった部室の片付けに掛かる。

「皆散らかし過ぎだよ」

空いた袋を手にゴミを拾う。
ガチャ…
部室の扉が開き跡部が入って来る。

「?跡部どうしたの?」

入っただけで何も言わない跡部に気付き、何か用があるのかと思ったが何も言わない。

「…どうしたの?」

明らかに可笑しいと思うが今の跡部に何を言っても無駄だ。

「……お前、大丈夫なのか?」

少し歯切れの悪い科白である。
主語がなく余りに曖昧過ぎて解らない。

「アレの事?」

思い付く事と言えばそれしかない。

「あぁ」

「平気だから動いてんでしょ」

皆が過保護過ぎるのだ。
本当に大した事ではない。

「さっき、引っ張った時しゃがんだだろ」

急に波が来て、不意打ちな波に耐えられずしゃがみ込んでしまった。

「悪かったな…無理に引いて」

は眼を丸くして驚いた。
あの跡部が素直に謝ったのだ。
先ず信じられない事だ。

「どうしたの…跡部らしくないけど」

跡部がに…誰かに謝っているのを見た事等ない。
プライドの高い高い跡部様なのだから。
それが、たかが腕を引いてしゃがみ込んでしまった人間に謝ったのだ。
アレが来ているとは言ってもだ。

「どしたの?跡部…ホントに跡部らしくないけど」

驚く以外に一体どんな反応が出来るだろうか。

「今日は上がれ、足を引っ張る」

これはきっと跡部の精一杯の曲がった優しさなのだろう。

「じゃあ、薬飲んで部室で大人しくしてるわ」

跡部はもう止められない。
何を言っても駄目だと踏んだからこその行動だ。
マネージャーは1人じゃない。
だから上がって問題ないと。

「跡部、ありがと」

そんな言葉を残しては奥へと消える。
は笑顔で嬉しそうだ。














実際私が如何しても絶えられなくなってチョコをバリバリ食べてたらなったんですよね。
乙女の日(笑)が辛くて思いついた小説。
書くのもダルくて何回にも分けて書き続けたのでかなり時間がかかりましたね。
そして何時にもまして意味不明。

2006/02/19